Artwork
Portrait of Léopold Clément de Lorraine, Hereditary Prince of Lorraine (1707-1723)

Portrait of Léopold Clément de Lorraine, Hereditary Prince of Lorraine (1707-1723) is an oil painting by the Rococo painting artist Unknown. It dates from 1710 and is held in the collection of the Palace of Versailles.
About this work
概要
『ロレーヌ公国世継ぎレオポルド・クレマンの肖像』(1707-1723)は、1710年に制作された油彩画であり、主権を有するロレーヌ公国の三歳の後継者を描いた作品である。長らく誤って特定されてきたこの作品は、かつてロレーヌ公スタンジスワフ・レシチンスキの宮廷に仕えた「ベベ」というニックネームで知られた小人ニコラ・フェリーに帰属されていた。現在では、この絵画は未知の画家による若い王子の肖像画であると認識されている。69センチメートル×58センチメートルの本作は、ヴェルサイユ宮殿内のフランス歴史博物館の所蔵品であり、まもなく婚姻を通じてフランスおよびハプスブルク両王家と結びつくことになる、小規模な公的宮廷の視覚文化を記録している。その帰属の変遷は、匿名の肖像画の特定が抱える課題と、18世紀初頭のヨーロッパにおける宮廷イメージの政治的利用を示している。
主題と意味
主題であるレオポルド・クレマン・シャルルは、1707年4月25日、フランス王家ブルボン家の成員であるエリザベート・シャルロット・ドルレアンとロレーヌ公レオポルドの間に、リュネヴィル城で生まれた。肖像画が描かれた当時、彼は三男であったが、1711年に長兄ルイが死去し、さらにそれ以前に三人の兄弟が天然痘で亡くなったため、世継ぎとなった。本作は、彼を全身像として描き、正面を向かせつつ頭をわずかに観客の方へ向けた構図で表現している。彼の衣装は公的な地位を宣言するものであり、豪華な濃緑色のベルベット製で金糸の刺繍と縁取りが施された衣装、白いレースの襟と袖口、そして鮮やかな赤いブーツが特徴である。彼の左側に伸びた左手に向かって上へ伸びる、綱で繋がれた猟犬は、伴侶であると同時に、貴族的特権と若き支配の象徴として機能している。左側に置かれたピンク色のカーテンが掛けられたテーブル、羽飾りのある帽子、金属製の物体、そして彼を取り巻く薔薇色のカーテンと抑えられた背景は、特定の場所を示さないながらも宮廷の洗練さを暗示する演出された室内の中で彼を囲み込んでいる。左から降り注ぐ均一な光と磨き上げられた表面は、織物の貴重さとモデルの社会的地位を強調している。
技法と様式
本作は油彩でキャンバスに描かれ、69センチメートル×58センチメートルのサイズである。筆致は滑らかで磨き上げられており、織物の質感、金属の光沢、そしてレースの描写に細心の注意が払われている。パレットは深い緑色、金色、薔薇色のピンク、そしてブーツと綱の鮮やかな赤が中心であり、背景の暗い無彩色とグレーと白の市松模様の床に配置されている。光は左から均等に降り注ぎ、劇的な対比なく人物を立体的に表現する柔らかな影を作り出している。表面には年代に相応しい細かい亀裂が全体に見られる。構図は、若い貴族のためのヨーロッパの宮廷肖像画の慣習に従い、正面の威厳と、ポーズおよび跳躍する犬におけるわずかな動きを組み合わせている。規模は記念碑的ではなく親密であり、非常に幼い子供の私的な肖像画として適切である。
歴史と来歴
この作品は長らく誤って特定されており、ジョコンドデータベースには「レオポルド=クレマン、ロレーヌ世継ぎ王子?;かつてはニコラ・フェリー、スタンジスワフ・レシチンスキの小人ベベと呼ばれていた」というタイトルで記録されている。ロレーヌ公スタンジスワフ・レシチンスキの宮廷に仕えた小人ニコラ・フェリー(1741-1764)へのこの過去の帰属は却下された。現在、本作は国立コレクションに収蔵され、ヴェルサイユ宮殿にあるフランス歴史博物館が所蔵している。写真のクレジットはジェラール・ブロと国立美術館連合に帰属されている。画像は商業的に流通しており、そのうち一枚は2009年4月7日付である。
文脈
この肖像画は、ロレーヌ公国にとって激しい家督交渉の時代のものである。レオポルド・クレマンの父は、ハプスブルク宮廷や亡命先のステュアート宮廷を含む、慎重な外交関係を維持していた。王子自身の短い生涯は、1723年にリュネヴィルで天然痘により終焉を迎えたが、これは1711年の流行の際に彼の兄弟や他のヨーロッパの王族を死に至らしめた同じ病気であった。彼の弟フランツ・シュテファンは後にハプスブルク家の相続人マリア・テレジアと結婚し、ロレーヌ家を帝国の王座へと結びつけた。ニコラ・フェリーとの誤った特定は、短命だった王子の後の世における不明瞭さが、宮廷の小人というより彩り豊かな人物と比較されて生じたものであり、そのニックネーム「ベベ」が子供の肖像画との混同を助長した可能性がある。一部の商業情報源が提案したピエール・ゴベールへの帰属には学術的な裏付けがなく、本作は依然として匿名のままである。
遺産
この絵画の主な意義は、ロレーヌ公国の視覚史に関する資料的価値と、帰属に関する事例研究としての価値にある。ニコラ・フェリーからレオポルド・クレマンへの特定の変更は、博物館コレクションにおける再帰属の継続的な作業と、匿名の肖像画におけるモデルの特定を確立する上でアーカイブ研究が重要であることを示している。ヴェルサイユコレクションの一環として、本作はヴェルサイユ自体の文化生産と並行し、相互作用した地方のフランスおよび同盟諸宮廷のより広範な物語に貢献している。本作は後の芸術制作に記録された影響を持たないが、その存在は小国であっても家督肖像画という普遍的な慣習が存在したことを、また疫病の時代における王族の命の脆さを証明している。
Artist & collection


















